音楽を聴き進めていくのが楽しくて仕方ない時があります。例えば読書で面白い局面の時、本をめくる手が止まらなくなって一心不乱に読み込んでいく感覚に似ていて、音楽もアルバムの曲を聴き進めながら以降の曲にワクワクし始めて気が付けば最後まで聴き込んでいた、なんてことがあります。それも初めてその音に触れた時に限った話では無く、何度も聞いたことのある曲(アルバム)に対して急にワクワクする瞬間が訪れることがある、または何度聞いても新鮮なワクワク感を保てるものも少なからずあるかもしれません。今回、私にとってそんなアルバムとして紹介したいのが、Mr.Childrenが2023年にリリースした『miss you』というアルバムです。

アルバム『miss you』は自分の現在位置がわからなくなるアルバムです。そして余計なことばかり言っているアルバムでもあります。余計な言葉が時に生活風景そのものを根幹から変えてしまい人は日常の中で迷子になる、と言えば大袈裟でしょうか?例えばポツリと出てしまった独り言が場の空気を凍らせて、既定路線のはずのコミュニケーションや関係に思わぬ風穴を開けることがあるでしょう。もしくは誰かの何気ない呟きが詩のように心に残り、日常の唯一無二感を尊く感じられたりするかもしれません。本作ではそのような余計な言葉、あるいは神経質とも取れる視座で語られた言葉が日常の盤上をわずかながらでも崩していく驚きに溢れています。
1曲目『I MISS YOU』のサビ、「I miss you×3 繰り返すフレーズ」という一節は、寂しさの告白を連呼しながらも抑揚がなく、ただ言葉だけが虚空に響くような趣があります。「誰に聴いて欲しくてこんな歌 歌ってる?」と自虐的に吐露し、誰かに何かを伝える行為の意味さえ不意に疑ってしまう。しかし、そんな閉ざされた状態の中でしかアクセスできない自意識があるのかもしれない、だとしたらこんな孤独にも価値があるかもしれない、なんて青いことを私はついつい考えてしまいますが、この曲中では孤独の中でアクセスした自分自身に対し「殺したいくらい嫌い」と言い放ちます。
4曲目の『Are you sleeping well without me?』で「繰り返し間違って」「汚して拭きとって」と歌うBメロのリフレインが、堂々巡りするだけの人生がエンドレスに続いていく光景を予感させ、極めつけは8曲目『Party is over』において、「キャリーオーバーできず未来へ何も残せやしない、心の中まで空っぽ」と歌います。まさにずっと繰り返してきたことも未来へ残ってく実感すら伴わない寂寥が伺えます。そんな身も蓋もないような年配の徒労をわざわざ歌にする、まさに年配者の余計な独り言しか歌っていないように思います。しかし、アルバムは悲劇にも喜劇にも結び付かないどっちつかず感、つまり現在位置がわからないような迷走状態が保たれたまま『黄昏と積み木』『deja-vu』『おはよう』の3曲に行きつきます。
アルバムの10曲目『ケモノミチ』までは多少の曲調の違いこそあれど、トーンとしてはネガのフィルムに映る世界のような浮世感がありました。しかしその感覚は11曲目の『黄昏と積み木』が始まった途端急にほころびを見せ、ある意味現在位置がさらに怪しくなります。「小さな願いを一緒に積み上げよう」というフレーズが二度登場しますが、先述したように同じアルバム内で「未来へ何も残せやしない」と歌いながら、それでも「積み上げる」ことをこの曲中では前向きに続けようとする。積み木は簡単に崩れる。でもそれがいい。誰かと積み上げた積み木が途中で崩れて笑い合ってる絵さえ浮かんできます。アルバムの締め括りとなる楽曲『おはよう』において、「おはよう」「おかえり」「おやすみ」「おはよう」という歌詞が円環を成すように紡がれ、その日常というあまりに果てしない繰り返しを意識させながら、雰囲気はどこか穏やかです。
些細な癒しも孤独も、感情が飽和状態になることも希薄でいることも、優劣つけずに一つずつフレーズにはめていったのがこのアルバムだと思います。だからこそ、急に人の意外な一面などが垣間見え、少なからず驚いたりして、また自分の立っている場所のリアリティがぐらつく。でもその繰り返しが楽しい。私にとってmiss youはそんなワクワクした迷いが尽きないアルバムです。
Mr.Childrenは今年2026年、公の場での盛んな活動が予定されています。3月25日にニューアルバム『産声』をリリース、続いてアリーナツアーを4月4日より全国14会場全28公演で開催。アルバム『産声』に収録されてる『Again』は日曜劇場『リブート』の主題曲になっており、1月19日に配信シングルとしてリリース済みなので是非聞いてみてください。










